みなさま、こんにちは。
さて、先日あるピアノの先生からお問い合わせがございました。
「電子ピアノとグランドピアノの音が合いません!」とのこと。

実は、今までにも言われた経験があります・・・、ほんの数回ですが。
こうしたことを指摘される方は、本当に音感が優れている方です。

結論から言いますと、「電子ピアノとアコースティックピアノの音程は合っていません
ウソみたいな話ですが・・・、本当なのです。
(しっかりとした調律がなされ、ピッチの設定が同じだとしてもです)

アップライトピアノとグランドピアノの音程も違います

「電子ピアノとアコースティックピアノの音程が合っていない」ことをお話しする前に、「アップライトピアノとグランドピアノの音程も合っていない」ことをお話しなければなりません。

例えば、隣り合ったアップライトピアノとグランドピアノがあるとします。
あなたと私でそれぞれのピアノを一番低い音から高い音まで、一緒に音を出してみましょう・・・
「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・」、ピアノの鍵盤は88鍵ありますからね、一番高い音まで出してみます。
音感の鋭い方は、その違いに気づくはすです。
「真ん中のあたりは合っていたけど、低い方の音と高い方の音はなんか違う感じがする」って。

それぞれの「調律曲線」って何!?

ピアノの調律には「調律曲線」というものがあります。
「調律曲線」とは調律後のピアノの音程をグラフ化したのもので、その音程が「理論値より高音部はより高く、低音部はより低く」調律されていることを示すものです。

しかもこの「調律曲線」、ピアノのサイズ(つまりは弦の長さ)によって異なっています
基本的にはサイズの小さいピアノ(例えば背丈121㎝のアップライトピアノ)は曲線がきつくサイズの大きなピアノ(例えば奥行230㎝)は曲線がよりフラットです。

ですので、「隣り合ったアップライトピアノとグランドピアノ」を一緒に弾いたとき、「音程が合わない」んです。

電子ピアノはコンサートグランドの音が録音されている(ことが多い)ので

これは各社によって誓いますが、電子ピアノはコンサートグランド(コンサートで使用されるグランドピアノ;奥行280cm程度)の音源がサンプリングされているケースが多いです。(ヤマハとカワイはそれぞれのコンサートグランド、カシオ・コルグ・ローランドは非公表だったかな)
つまり電子ピアノの調律(曲線)はコンサートグランドの曲線ですので、ご家庭・お教室のグランドピアノとはそれとは違うのです。

アップライトとグランドピアノ、どれくらい”ずれているのか”を実験してみました!


では、実際に調律後のアップライトピアノとグランドピアノの音程がどれだけ”ずれて”いるのでしょうか・・・。

今回は超高性能のピアノ専用チューナー「YAMAHA PT-100」を使用して、YAMAHAのアップライトピアノU1(121㎝)グランドピアノCF(275cm)で、一番高いラの音(85A)がどれくらい違うのかを実験してみたいと思います。

このチューナーはピアノ調律師のプロ仕様で、先にご紹介したピアノサイズの違いによる「調律曲線」を設定することができます。
【調律カーブ設定】FLAT, UP, GP(〜227cm), CF(275cm), CUSTOM1-4

このチューナー以前は非売品でしたが、現在はアプリにもなってダウンロードできます。
(YAMAHA Professional Piano Tuning Application PT-A1)お値段は¥68,000と・・・、高額です(-_-;)

実験に使用するのはYAMAHAのU1H(背丈121cm)というスタンダードなアップライトピアノ。

チューナーの調律曲線を「U1」に設定して一番高いラの音(85A)を合わせます。


続いてチューナーの「調律曲線」をコンサートグランドのcf(奥行275cm)に設定します。

そして、85Aのラの音を出してみてその差を計測しますと・・・、「約5セント(グランドピアノの方が低い)」と出ました。
「5セント」と言われてもピンときませんよね(-_-;)
「セント」とは音程の単位で、100セント=半音です。
半音の5/100の差と考えると、非常に小さな誤差みたいに感じますが・・・、音感の良い方にすると「なんか合ってないなぁ」という感じに聞こえます。
因みに調律師は1セントの差を聞き分けるのは、全く難しいことではありません。


ついでですので「調律曲線」を”フラット”に設定し、”理論値”との差を計測しますと「約30セント」と出ました。

アップライトピアノの一番高いラの音(85A)は理論値よりも30セント高いということです。

これですと、恐らくどなたが聴いても違和感のあるレベルですね。

なんでこんなことが起こるのか

少々ややこしい話になりますが・・・、ピアノの真ん中のラ(49A)の周波数を440HZに合わせたとします、1オクターブ上のラ(61A)の周波数は「理論上」倍の880HZのはずなのですが、実際はやや高めの881HZだったりします。
ピアノには「倍音(ばいおん:音は基音と倍音という2種類の音から成り立っています)がやや高めに鳴る」という現象があり(専門的には”インハーモニシティ”といいます)、そのため「上のオクターブはやや高め・下のオクターブはやや低め」に調律しないと・・・、きれいに響かないんです

この「倍音がやや高めに鳴る(インハーモニシティ)」という現象、弦が短いほど強めに出ます。
(弦の剛性がその理由ですが・・・、この話は長くなるので別の機会に、ここではインハーモニシティという現象があるということだけに留めておきます)。
そのため、サイズの小さなピアノの方が(結果として)「高い音はより高く」なるのですね。

チューナーで調律はできません

実験で使ったチューナーは私が所有しているものですが、私もほとんどチューナーは使いません
(これは調律師さんによります、私の場合チューナー画面を見ながらハンマー操作をするより、変化する音を聞きながらハンマー操作をした方がしっくりくるので)
ピアノの調律が「チューナー」ではなく人間の「耳」によってなされるのは、厳密には「調律曲線」が一台一台違うこともあります。
「倍音がやや高めに鳴る(インハーモニシティ)」という現象を、正確にあるいは音楽的に感知できるのは、結局「人間の耳」でしかないのです。
そこが調律の奥深くやっかいなところで、調律師にはそうした繊細な感覚が要求されます。
ご紹介したプロ仕様のチューナーも”ある程度まで”は対応できますが(中音域あたりは問題ないですが)、低音域・高音域は「曲線」がきつくなり個体差も出て来る領域ですので、最終的には調律師の耳・感覚でなければ対応できないのです。